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ライブ映像と音楽配信で楽しむクラシック『24chambers』 in Rotterdam

オランダでは主に音楽祭などのイベントの一環で、美術館や教会などの歴史的建築物はもちろん、運河の上の特設ステージや図書館など、コンサートホール以外の場所でクラシック音楽が演奏されることが珍しくありません。

その中でもアムステルダムに拠点を置く団体『24classics』主催の『24chambers』というプロジェクトでは、ほぼ月に1度、毎回異なる場所で規模の小さいコンサートを開催しています。演奏会場はビール醸造所やカフェ、アンティークショップなど、普段はクラシック音楽とはあまり縁のない場所ばかり。出演者はオランダ国内で活動する若手プレイヤーが中心で、弦楽器やピアノの独奏あり、サキソフォン四重奏ありとバリエーションに富みます。過去には、プログレッシブ・ロックのデュオ『バルトロメイ・ビットマン』らも登場しています。

チケット代は15ユーロ程度もしくは無料ですが、会場に入れる人数の制限があるため、コンサートに参加するためには事前に24chambersのサイト上で申し込みをする必要があります。出演者と日付、開催地の都市名は事前に知らされていますが、正確な会場の名前はコンサート当日の朝になるまで分からないところはまるでミステリーツアーのようです。

親密な空間でのシークレットライブ風コンサート


2月27日の朝、24chambers運営スタッフから会場の住所が書かれたショートメッセージが筆者の携帯電話宛てに直接送られてきました。調べてみると、ロッテルダム中央駅からバスで20分ほどで着く住宅街の一角にあるアンティーク雑貨ショップが今回の会場でした。

夜20時半に開場するタイミングでお店に行ってみると、既に10人ほどが店内に集まっていました。20代の若手スタッフと受付を済ませてから店内を見渡すと、食器や靴、マネキンや置物などが所狭しと並んでいました。その一角にチェロのハードケースが雑貨の合間に埋もれるようにさりげなく立てかけられているのは新鮮な眺めでした。
スタッフに店内奥にあるビール瓶がぎっしり詰まった冷蔵庫に案内され、「どれでもお好きな飲み物をどうぞ!」と言われました。リキュールもあり、カクテルを作ることもできます。通常のコンサートホールではカフェバーのサービスが欠かせませんが、ここではセルフサービス形式で、各自が自由にドリンクを楽しんでいます。なお、地元の飲料メーカーの協力のもと提供されているドリンクもあるとのことでした。

店内中央の通路に置かれたピアノ椅子がチェリストの席で、周囲にはアンティーク椅子やソファーが設置されており、聴衆は各自が自由に選んで席につきます。
開演時間までに集まった30名程度の観客で、会場は満席になりました。年配の方もいますが20・30歳代が圧倒的に多く、カップルや数人の友人同士の集まり、そしてドレッドヘアのラッパー風ファッションの男性なども見受けられました。
スタッフの対応や会場の雰囲気は至ってカジュアルで、会場の小ささ、客席と演奏者の距離の近さも相まって、演奏会というよりもシークレットライブと言った方がしっくりくるような雰囲気です。

風変わりなステージで繰り広げられる本格クラシックの演奏


今回の演奏者ヌーラ・マッケンナ(Nuala McKenna)ドイツとアイルランドにルーツを持つ1993年生まれの若手チェリスト。ジャン・ギアン=ケラスらに師事し、コンセルトヘボウ管弦楽団アカデミーでも経験を積み、昨年3月ブレーメン・ドイツ室内フィルハーモニー管弦楽団のソロ・チェロ奏者に就任した注目の演奏家です。現在使用している楽器はドイツの音楽財団から貸与されている「ジュゼッペ・グァルネリ」のラベルのある18世紀後半のチェロとのこと。

コンサートの会場や雰囲気はカジュアルでも、本格的なクラシック音楽のプログラムが用意されていました。
J・Sバッハ『無伴奏チェロ組曲第1番』に続き、アンリ・デュティユー『Sacherの名による3つのストロフ』という珍しい作品が演奏されました。デュティユーの前衛的な作品で、チェロが様々な奏法を駆使して演奏される様子を、聴き手の何人かは興味津々で食い入るように眺めていました。曲間には、調弦を変えながら演奏者自らが楽曲の説明を行います。
最後に演奏されたのは、ゾルタン・コダーイの無伴奏チェロ・ソナタ。アンコールにはバッハの無伴奏チェロ組曲第3番ブーレを聞かせてくれました。

チェリストの聖典であるバッハの無伴奏組曲の演奏は定番だからこその難しさがあり、デュティユー、コダーイは曲の構造も複雑で非常に高度なテクニックを要するレパートリーです。それにもかかわらず、右手の弓遣いの自在さと深みのある音楽が印象的で、曲調に合わせてがらっと変化する音色のバリエーションの豊かさも圧倒的。素晴らしい演奏でした。
ずっしりと聞きごたえのあるプログラムを終えた後のチェリストに声をかけると、「こういった場所での演奏には慣れないけれど、気に入りました」と笑顔を見せてくれました。
このような会場では、飲み物を飲むときなどに物音がしたり、演奏中に部屋を出入りする人がいたりと、コンサートホールのような静寂を求めるのは難しい場合があります。だからこそ、弾き手だけではなく聴き手それぞれの演奏への集中力がはっきりと形に表れ、試される場でもあることに気づかされます。

さらに、演奏者と聴衆との距離が数メートルも無く、距離が近いところは大きな魅力です。チェリストの息遣いや弓さばきがすぐ目の前で見られ、楽器の音や動きの躍動感が直に伝わってきて迫力があります。かしこまって聞くことが多いクラシック音楽ですが、ここではビールなど好きなドリンクを片手にリラックスしながら聴けることも特徴的です。

更に、生活感のある日常的な空間でクラシック音楽が演奏されることで、作品との心理的な距離がぐっと縮まるという効果もあるかもしれません。今回のコンサートで言えば、コダーイがハンガリーの伝統音楽をモチーフにして書いたメロディ部分は、アンティーク雑貨に囲まれた古びた家のような店内で、どこか懐かしく響き渡ったように筆者には感じられました。

現代のクラシック音楽の在り方を問う試み


音楽鑑賞を取り巻く環境は、LPからCD、そして音楽配信と目まぐるしく変化し、消費者である聴き手と音楽との関係に大きな影響を与えてきました。今の時代でもクラシック音楽を魅力的なものにするため、アプローチを変え、新しい聴衆へ届ける試みの一つとして、今回のようなコンサートが続けられているようです。

24classicsのサイト上では、音楽祭のディレクターや各ジャンルの専門家、演奏者が選ぶおすすめの楽曲プレイリストがオンラインの音楽配信サービスを利用したプレイリストとして公開されています。例えばバロック音楽に興味が出てきたとき、どこから聞き始めたらいいのか分からない……といった場合にちょうど良いサービスです。

また、消費者である聴き手にクラシック音楽の魅力をアピールするだけではなく、作り手に対して公平な支払いをする仕組みを目指していることも明記されています。現在広く普及している音楽配信の在り方だけでは作曲家や演奏者に十分な対価がいきわたらないことが危惧されていることがその背景にはあります。

音楽配信や映像で伝えるクラシックの魅力


24chambersの演奏会の模様は、コンサート当日にオンラインでストリーミング中継されます。さらに後日、ライブ感あふれる映像として編集され、ウェブ上で改めて公開されることになっています。YouTubeにもアップロードすることで、オランダを中心とする若手プレーヤーの演奏を世界中のより多くの人々に紹介することができます。

時代に合ったクラシック音楽の楽しみ方を提案するこのようなプロジェクトがどう進化し、どのように新しい聴衆を引きつけることに成功するのでしょうか。今後も目が離せません。

※こちらのURLから過去に開催されたコンサートの映像が見られます。
https://www.24classics.com/chambers/videos
取材・文:安田真子 

プロフィール:オランダ在住。音楽ライター、チェロ弾き