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写真:フランスのポー市の風景 by wikimedia commons

ハレ夫人のストラド


ハレ夫人にストラドを売ってから16年たって、私はその楽器と再会することになった。ロンドンの聖ジェームズ・ホールの控え室でのことである。
写真:"ブリュッセル音楽院" Building of the Royal Conservatory Brussels by wikimedia commons


彼女は「これを買った時のあなたの言いつけをずっと守ってきましたわ」と言った。私は、どんな忠告をしたのか思い出せなかった。「覚えていらっしゃらないかもしれませんけれど、『あのパリのヴィヨーム氏がつけた付属品がすべてそろっていてこそ、このヴァイオリンは完壁なのだから、それをいじったり改造したりすると音が悪くなるよ』とおっしゃったんです。あの時と変わった所があるかどうか、私の楽器の維持のしかたが良いかどうか、どうぞご覧下さい

楽器を点検してみたところ、すみからすみまで売った当時のままだった。それで、「文句なしの状態ですよ」と彼女に太鼓判を押したのだった。 

これとは対照的な例を次にあげよう。

ある侯爵夫妻がフランスのポー市に住んでいた。そこへある時、若くて才能あふれるヴァイオリニストが静養にやってきた。夫妻は若者を自宅に住まわせ、親身になって世話をしたのだが、不辛なことに、彼は亡くなってしまった。

ところで、彼は素晴らしいヴァイオリン、ジュゼッペ・グワルネリウス・デル・ジェスを持っていた。そして、自分が死んだら、この楽器を親切な侯爵夫妻に譲ってほしい、という遺言をしていたので、楽器は夫妻のものになった。

後年、侯爵夫妻も亡くなると、このヴァイオリンは売りに出された。私はその知らせを聞くや、八方手をつくし、高額ではあったが、何とか買い入れることができた。しかし、私の手元にあったのは、ほんの短期間だった。ベリオの弟子に、ブラッセル音楽院で一等賞に輝いたドイツの演奏家がいたので、その人に売ることになったのである。

ベルギーでの取引


私は、この楽器の特徴やデル・ジェスの中でも珍しいものであること、保存状態が良いことなどを、しっかり彼に伝えた。さらに、「これは、近頃の楽器よりも少し厚みがあるけれど、じきに慣れるだろうから、くれぐれも手を加えたりしないようにな。大体、音を聞けば分かるとおり、改造する必要なんかないんだから」と言っておいた。
写真:"19世紀のブリュッセル(ベルギー)” Brussels, Belgium in the 19th Century by monovisions

彼はすべて了承し、「この両腕に賭けても、改造なんかしません」と言った。彼はこの楽器の音色を気に入 っており、実際、彼の手にかかるとなんとも美しい音色がした。

こうして、ベルギーでの取引は、双方とも満足のうちに終わった。

6、7カ月後に、私は、その演奏家が住んでいるドイツの町に立ち寄る機会があったので、あのヴァイオリンがど んな状態かを見たいと思った。

ある昼下がり、通りで彼とすれちがったが、彼は、軽く会釈をしただけで通り過ぎてしまった。不信に思ったが、 彼は目が悪いので、私に気づかなかったのではないかと思い、彼の後を追った。

しかし、私だと知りながら、よそよそしい態度をとったことが分かっただけであった。それでも、「ジュゼッペ(・グワルネリウス)はどんな調子かい」と尋ねてみた。彼は薄笑いを浮かべ、「何ヶ月も見てないから知らないよ」と言った。「どうして?売ったか貸したかしたのか?」と聞くと、「どっちでもないさ」と彼は言った。

なんでも、買った直後から調子が悪くなり、ついには、音色らしい音色が出なくなったというのである。私は、思わず「改造したんじゃないのかい?」と聞いた。すると、「改造なんかしてないさ。あなたが手放した時と、全く同じ状態だよ」という答えが返ってきた。しかし、「じゃあ、楽器を見せてくれ」と言っても、「見てどうなるっていうんだ」とそっけない。そこで、「君が言うように、全然手を加えていないのに、美しい音色がしなくなっ たのなら、私が引き取らざるを得ないだろう」とほのめかすと、「そういうことなら、見せてもいい」と、彼はやっと重い腰を上げた。
第45話 ~楽器の運命と持ち主ーその2~ へつづく