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写真:“19世紀のカルカッタの道” Street in Calcutta in the late 19th century by wikimedia commons



知られざる名器


そのバイオリンの鑑定を終えると私はサメルディス氏に、それを売る気があるかどうかと尋ねた。『だめです。パリ中のどこへも売りません』と彼は答えた。『私はこのバイオリンを父から相続したのですが、父はこれを私の生まれ故郷であるナンシーの、とある民家の競売で購入したのです。』彼は話を続け、彼の父親はこのバイオリンに八十ポンド、二千フランを支払ったこと、当時、特にそのような田舎町ではかなりの大金だったにもかかわらず、その競売では大勢の人がそれを獲得しようとしたことなどを語った。
写真:“ノートルダム大聖堂” Notre-Dame de Paris by wikimedia commons

彼の父親の死後、そのバイオリンは彼の財産となり、その後間もなく、彼がバンドマスターを務めていた連隊が中国へ派遣され、その後、他の隊と共に北京へと移動したが、その間、彼はバイオリンを持ち歩いていたのだった。連隊がシャンハイへ戻ると間もなく、彼は兵役を解かれ、カルカッタへ渡りそこで数年間を過ごしたが、祖国“美しいフランス”にもう一度戻りたいとの思いを捨て切れずに帰国したのだそうだ。従って、そのバイオリンがパリで知られていないことには、何の不思議もなかったわけだ。彼が帰国して以来、そのバイオリンを見たことのあるディーラーや芸術家は一人もいなかったのだから。彼にはそのバイオリンを売る気は全くなかった。それなのに何故彼はそれを見てくれと依頼したのだろう?それ以上に成す術もなく、私はその場を去り帰宅した。

その後三年間、私は数ヵ月に一度はサメルディス氏を訪れ、実際、私がパリへ出た時には必ず訪問した。そしてその都度、彼と彼の素晴らしい夫人から暖かい歓迎を受けたものだった。彼の夫人は、フランス家庭の主婦の良き見本のような女性で、ご主人同様に進んだ生活を身に付けている人だった。しかし、ストラディバリウスの購入に関しては何らの進展も見られなかった。実際に、彼は二度ほど、彼の方からそのバイオリンを見せてくれたが、その三年の間、私からは見せてくれとも、売って欲しいとも頼んだことはなかった。何故なら、それが無駄であろうことを私は知っていたからだ。

三年の忍耐


多くの読者諸氏が、では何のために私は彼のもとへ通ったのだろう、そのバイオリンを購入出来る望みもないのに、と考えるのも無理はない。

写真:“グラスゴウの風景”  Glasgow, Scotland by wikimedia commonms 


確かにその訪問は、かつて私が一つの楽器を手に入れるために受けた中で最も過酷な忍耐を要する行動だったが、それでも私は、最もありそうにもない、または望めそうにもない変化が往々にして人の心や環境には起こるものだということを知っていたし、この場合も例外ではないかもしれないと考えていた。そういう理由の他にも、バイオリンのことを別にしても、私はサメルディス氏のことを非常に好きになっていたということもあった。彼は各地を旅行して、私よりはるかに多くの見聞を得ていたし、その経験に基づく幅広い知識を持っていた。フランス人生得の親切心に加えて、インドや他の国々での英国人との長い付き合いで彼らから多くの影響を受けており、特に作法と会話の双方にたけていて、そのことが彼との友人付き合いを楽しいものにしていた。最も興味をそそられることは、彼は英語を聞いて完全に理解するくせに、話すとなると一ダースほどの言葉しか使えないことだった。

彼は私の訪問が双方にとっての楽しみであることを隠そうとせず、私はもし何らかの事情で彼がそのバイオリンを手放すことになったら、先ず、私が真っ先に買い取りを申し出るだろうということを確信していた。そして私のこの推測が正しかったことを証明する事件が起こった。私の訪間も四年目に入ったばかりの二月のある日、私は彼から手紙を受け取り、彼の義理の息子がカルカッタで劇場を借りたこと、そこの楽団の指揮と統制を彼に手紙で依頼してきたことを知った。サメルディス氏はその申し出を受け入れた。彼は以前にずいぶん長い間インドで暮らしていたことがあるため、そこへ行くのは家に帰るような気がするが、かの地の気候は厳しい暑さとひどい湿気の繰り返しで、バイオリンに悪影響を及ぼすことがはっきりしているので、ストラディバリウスを再び持って行く気はしないということだった。それで、もし未だ私にその気があって、条件を決めるために彼のもとを訪れることが出来れば、私に譲ってくれるというのだ。私はこの手紙をグラスゴウの自宅で受け取ったのだが、次の週にはそのバイオリンを手に入れるためにパリへ出掛けていた。私の支払った金額は七百ポンドでした。結構長い時間がかかったが、売却の方は短時間で素晴らしくうまくいった。これが“サメルディス”のストラディバリウスにまつわる話である。

第41話 ~クレモナにて~ へつづく