月曜・祝日定休
Closed on Mondays
& national holidays

10:30~19:00

112-0002 東京都文京区小石川2-2-13 1F
1F 2-2-13 Koishikawa, Bunkyo-ku,
Tokyo 112-0002 JAPAN

後楽園駅
丸の内線【4b出口】 南北線【8番出口】
KORAKUEN Station (M22, N11)
春日駅 三田線・大江戸線【6番出口】
KASUGA Station (E07)

写真:”19世紀のロンドン" 19th century of London by wikipedia

サメルディス氏のコレクション

 サメルディス氏が帰ってきた時、彼は両手両腕にバイオリンをたくさん抱えていた。彼はバイオリンを静かに置きなが ら、そのすべてのバイオリンについて、私の鑑定をして欲しいと言った。
写真:"19世紀のオークションの様子" A late 19th Century auction by wikiwand


それはむしろ無理な注文である。明らかに彼は、鑑定には習慣として、その都度料金がかかるものだということに全く気付いていない。しかしその点に関して彼が無知で あることは別段驚くことではない。何故なら、以前はバイオリンを骨董品店やオークション会場で購入した場合には、その足でディーラーを尋ねて鑑定を依頼したもので、またそれに対してどのような形の支払いもしないというのが誰にとっても極めて普通のことだったからだ。然しながら、私は常に料金を主張してきた。ディーラーらも、私が単に料金を取るばかりでなく、そのバイオリンの長所に関してバイオリンの持ち主と私の意見があわない場合でさえも、その持ち主が意見の相違にかかわらず私の鑑定を考慮に入れる事実に遭遇し、このことに勇気付けられて料金を請求したものである。もちろん、このことはある種の階級の人々を不愉快にさせた。自らをサクレ・アングレ(聖なる英国人)と自称する人々である。彼らの考えは金銭一色だった。しかし、それより上級階級の顧客らは、彼らがさらに気を付けねばならないこと、それは他人とのいざこざを避けることだけだと認識していた。

 私はサメルディス氏のコレクションをひととおり見てみたが、その中にストラディバリウスの無いことは一瞥して分かった。そればかりでなく、イタリア製のバイオリンは全くなかった。彼のバイオリンは全て古いフランス製のもので、前世紀の後半から一八二〇年の間に作られたものであった。どのバイオリンの購入に際しても彼は賢かったらしく、どの 楽器も夫々のクラスでは上等のものだったが、私が見たいものではなかった。その楽器の持ち主はそれらの楽器について 討議することに非常な関心を示し、私に自身の宝物を見せることすら忘れていて、私もそのことには触れなかった。私が立ち上がって帰ろうとした時、やっと彼はそのことを思い出したらしく、ピアノに近寄ると、その上から黒いケースを取り上げた。私は『何だ、結局あんな所にあったのか、やれやれこれでは、あのケースの中に麦粒が入っていたとしても大して驚くことはないな』と考えた。

D.ローリーが驚いた楽器


サメルディス氏はケースを開け、バイオリンを取り出しました。それを一目見た途端に、驚きと感嘆のために私の顔色 は変わってしまった。

写真:『Violin Iconography of Antonio Stradivari/ Herbert. k. Goodkind著』より p.754 "Index of Names" (ストラド所有者一覧)
D.ローリーが所有した主なストラド作品にも記載されている。

かつて、ドイツのさる芸術家が私に向かって、私は上手な売手にはなれるかもしれないが、下手な買い手だと評したものだ。何故なら、私は良い楽器を見た時に自分の感嘆の表情を決して隠すことが出来ず、思っていることが素直に顔に出すぎるからだと言われたものだが、彼の言葉は本当にあたっていたと思う。確かに私は、このサメルディス氏のバイオリンに対する自分の感嘆の意を隠すことが出来なかった。そのバイオリンは、かの時代、一七三〇年に作られたらしい特徴を多分に示していた。表板は中くらいの木目幅の非常に上質の松材で作られ、全長の端から端までを簡単になぞれるほどはっきりしていた。裏板と横板は、我々がコントルソンまたはスラブと呼ぶもので、非常に優雅な形をしていた。それは非常に稀少なスラブのーつで、このためにそのバイオリンは、木目に添ってカットされている月並みなヘリンボン型のものよりはるかに端麗だった。とにかくそのバイオリンには感嘆に価する点が他にもたくさんあった。

 そのバイオリンは大型で、完全なアーチをもち、耳の線は大型の本体とぴったり調和するような重厚で頑丈な造りであ った。その保存状態は完壁で、演奏の際に手の触れる部分がほんのわずかに傷んでいるだけで、その他にはどんなに些細な傷も付いていなかった。その時代のほとんど全ての楽器に共通していたように、ニスの色は明るい茶色で、その下の木材の風合いは響嶋板に深みのある輝きを与えていた。これもまた、裏板に使用されている木材は響鳴板のものより硬質であるという事実に基づく、極めて普通のことでした。ヘッド部分はボディ部分より相当年月を経ており、後者より数年前に作られたもので、ストラディバリウスがヘッド部分を常に楽器に合わせて作ったのではない、あるいは、むしろ彼はヘッドとボディを常に同時には作らなかったということを再度示唆するものであった。彼は多数のヘッドを一度に作り、後に作ったバイオリンのボディ部分の材質に出来るだけ近いものを選んだのではないかと推定できる。

 この楽器は年老いてからの(製作当時のストラディバリウスは八十六才であったろうと考えられる)作品であることは 明らかだが、それにもかかわらず、何らの急いだ形跡も気を抜いた跡も見られず、仕上げや細かいところまで彼の普段の注意深さが細部に及んでいることを感じさせる素晴らしい逸品だった。この楽器を調べた結果、私のそれまでの考え、“ストラディバリウスはーつのバイオリンを完全に仕上げてから次のバイオリンの製作にかかったのではなく、一つのバイオリンの製作の途中に、何か重要なポイントで新しいアイデアが彼の頭に浮かんだときには、製作中のバイオリンを傍らに置き、新しいアイデアを実行に移してその結果を確かめるために別の楽器の製作を始めていたのではないか。また彼は、ある高貴な人物から特別寸法の楽器の注文を時折受けていた。その注文が入ると、その時にどのような楽器の製作中であろうと、それを中断して注文品の製作を開始したのではなかっただろうか”という考えを裏付けることにもなった。

第40話 ~サメルディスのストラディバリ(2)~ へつづく