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文京楽器のストラディヴァリ・ディーリング

Antonio Stradivari
© 1971 Herbert Goodkind

 京楽器は、1710年製Dancla - Milsteinを1974年に販売して以来、これまで1697年製Uchtomsky、1699年製Hill、1702年製Wondra Bey、1716年製de Duranty、1719年製Oppenheim - Pitcairn、1719年製Zahn、1720年製Kyd、1733年製Khevenhueller - Menuhinをはじめ合計37挺(2003年現在まで)のストラディヴァリを販売してきました。

 ディーラーにとって、扱った楽器の質の高さは楽器の鑑定眼および選定眼の確かさを、扱った楽器の本数は蓄積されたノウハウの豊富さを、白日の下に晒される成績表のようなもの。文京楽器が、50年を超える長年の歴史において取り扱ったオールド名器は膨大な数であり、そのすべてをご紹介することは困難です。しかし、名器の頂点に位置するストラディヴァリとの関わりは、我々が手にした実績とノウハウの象徴です。

 文京楽器のストラディヴァリ・ディーリングの歴史は、国際マーケットにおいて当初見向きもされなかった極東のいちディーラーが、やがて欧米各国のディーラー、コレクター、演奏家から高い信頼を得て、太いパイプを築くに至る歴史そのものです。ここではその一端をご紹介しようと思います。

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Uchtomsky 1697

 京楽器で販売したストラディヴァリの中では、初期の頃のディーリング。通称「ロシアのストラド」は、師アマティの影響を残した前期の作品群の中でも最高傑作と言ってよい素晴らしい楽器でした。

 当初オークションに出品されたものを、イギリスとアメリカのディーラーが共同で購入し、その後彼らからオファーがありました。当時、日本の市場は海外のディーラーに軽く見られている部分があり、この頃まだ海外では知名度の低かった文京楽器へのオファープライスもご多聞に漏れず強気でした。

 商業面ではほとんど利益がなく、成功とは言えませんでしたが、素晴らしいストラディヴァリを日本に入れることができたという面では満足しています。


Hill 1699

 較的最近のディーリング。ほとんどミントコンディションで素晴らしい楽器でしたが、あるプレイヤーが「大したことない」というようなことを言ったことで、国内では買い手が付かなくなりました。

 その後、イギリスのディーラーと協力してドイツの銀行へ販売し、ツィンマーマンに貸与されることになりました。彼は1706年製Dragonettiのストラドを入手するまでは、この楽器を愛用していました。結果を見れば、一流プレイヤーが気に入る楽器だったのです。


Wondra Bey 1702

 ギリスからオファーがあり、日本に入れたストラディヴァリです。スクロールなどすべてオリジナルで、傷も少なく立派な楽器でした。

 もともとあるイギリスの老舗ディーラーが持っていたものですが、この楽器を取り扱った頃から、次第に欧米各国の著名ディーラーやコレクターが、名器を売りにかける際の有力なオファー先のひとつとして"Bunkyo Gakki"をリストに入れるようになったように思います。


Dancla - Milsterin 1710

 ルシュタインが長年愛用していた楽器。素晴らしい楽器でしたし、文京楽器が初めて販売したストラディヴァリでもあり、印象深いです。

 振り返れば、当時このような名器を日本に持って来れたのは、文京楽器が名器は名器と理解できて、かつそれをきちんと認める数少ないディーラーだったからだと思います。我々が心掛けたのは、無駄なエゴや虚栄心を廃し、確かな鑑定眼に裏打ちされた合理的な取引をするという点です。この姿勢を一貫することで、"Bunkyo Gakki"は国際マーケットでの信頼を得たのです。

 この楽器は、当時日本最高峰の演奏家の手に渡りました。日本に一級のストラディヴァリを輸入し、一流の日本人演奏家へと橋渡しをするという我々の夢のひとつを叶えた楽器です。


de Duranty 1716

 表取締役の茶木がイギリスでこの楽器を初めて見た瞬間、旧知の演奏家を思い浮かべたと言います。数ある黄金期の作品の中でも、サイズが完璧で弾き易く、音色も素晴らしい。コレクションをするための楽器ではなく、演奏家のための楽器だと思ったそうです。

 すでに欧米の複数の演奏家が購入候補に名を連ねており、中でもヴェンゲーロフはこの楽器をとても気に入っていましたが、パトロンの同意を得られなかったようです。こうして、針の穴を通すような経緯で日本に持ち込みました。

 先述の演奏家はこのとき、まったく楽器を探していなかった上、じっくり検討してもらえる状況ですらなかったのですが、「この楽器には降参するしかない」の一言で、勇気ある決断をされました。

 このディーリング経緯の一部は、NHK総合「ニュース10」で特集されました


Oppenheim - Pitcairn 1719

 メリカのコレクターからのオファーにより取り扱うこととなった楽器です。この頃から欧米各国のディーラー、コレクターから"Bunkyo Gakki"が信頼のおける国際ディーラーとして認知され始めたようで、価格や支払い条件等、優位に立って交渉を進められるようになりました。

 この楽器は、今や日本楽壇を代表する演奏家との“いつか必ずストラディヴァリを手にする”という約束を果たした楽器として、思い出深いディーリングです。


Zahn 1719

 ディサイズが363mmある、大きなストラディヴァリでした。最初にこの楽器を販売したオーナーから手放したいと相談を受け、買い手を探した結果、当初パールマンが気に入りました。しかし、あるイギリスのディーラーがパールマンに意見したため、パールマンは本当はこの楽器が欲しかったようでしたが、結局はそのディーラーの意見に従いました。最終的にはアメリカのコレクターに販売しました。


Kyd 1720

 ィーリングに苦労したということで印象深い楽器です。当時文京楽器は、ある演奏家からストラディヴァリが欲しいと相談を受けていましたが、予算面で困難な制約がありました。なんとか割安に手に入るストラドがないかと、世界中を探していましたが、ある時偶然、代表取締役の茶木がアメリカのコレクター宅でこの楽器を発見し、値切りに値切り倒して入手したものです。


Khevenhueller - Menuhin 1733

 ニューインが最後まで愛した楽器。晩年期のストラディヴァリ最高傑作のひとつです。メニューインが一線から引退してこの楽器を手放す際、幸運にも入手することができました。

 文京楽器でストラディヴァリを取り扱うとき、特定のお客様にと考えることもありますが、素晴らしい楽器に惚れ込み、とにかく欲しい、自分の手許に置きたい、ということで後先考えずに入手することも多いのです。このKhevenhuellerしかりで、文京楽器のコレクションとして所有していましたが、やがてスイスのコレクターから是非にと頼まれ、売却しました。

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Uchtomsky 1697

Dancla 1710

de Duranty 1716

Oppenheim - Pitcairn 1719

Kyd 1720

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