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序   〜遺伝子が織りなすバイオリン文化〜


バイオリンはおよそ400年の歴史を持ちながら、ほとんどその姿を変えずに使用される優れた道具(楽器)であるとともに、後期ルネッサンス文化の影響を多分に受けている芸術品でもあります。日本人には少し分かりにくいかもしれませんが、欧米においては西欧文化の象徴的な存在として認められています。

その中でも約300年前に製作されたオールド・イタリアンと呼ばれる名器は、その優美な音や洗練されたフォルム、深みのある豊かなニスなどの高い品質を有しており、われわれ人類は科学の進んだ現代においてもそれらを凌駕するようなものを製作できていません。ストラディバリはその最高峰に位置しており、実際の金額が高いか安いかの議論はさておき、非常に価値があるものであることは間違いないといえるでしょう。



しかし、この大巨匠も最初からバイオリンの最高峰と謳われていたわけではありません。クレモナのバイオリン製作の始祖とされるアンドレア・アマティ(AMATI, Andrea, Cremona, c.1505-1577)からはじまるアマティ家がつくりあげた「アマテーゼ」スタイルが主流であった時代があり、当時はストラディバリも含め、優れた職人がこぞってアマテーゼを採用していました。

また、当時の弦楽器愛好家たちの間でクレモナの楽器以上に評価を得ていたドイツ人製作家、ヤコブ・シュタイナー(Jacob STAINER, Absam, c.1617-1683)の楽器を手本とし製作することもしばしばでありました。大作曲家のモーツァルトが幼少時代に演奏旅行で使用したバイオリンもシュタイナーモデルであったことから、その高い人気振りがわかります。


写真:1983年記念硬貨("Jacob Stainer" by Kunsthistorisches Museum Wien.P38より一部引用)

ストラディバリがバイオリンの完成形としてその地位を不動のものとするのは、18世紀末にかけてフランスのピケ(PIQUE, Francois-Louis, Paris, 1758–1822)やリュポ(LUPOT, Nicolas, Paris, 1758-1824)といったバイオリン製作家がその価値を再発見したことに始まります。そして19世紀のバイオリン製作史において最も重要な人物であるJ.B.ビヨーム(VUILLAUME, Jean Baptiste, Paris, 1798-1875)がその地位を決定づけたのです。

フランスでストラディバリの再評価がなされたのは 当時ヨーロッパで最も豊かな国であるフランスに名器が集まったこと、クラシック音楽が貴族から大衆のものへと変化した転換期において
ホール形式の演奏会が出現し、パガニーニをはじめとする「ヴィルトゥオーゾ」と呼ばれるソリストが生まれ、より強く通る音が必要になったことなどがその背景であるといえるでしょう。


ストラディバリがバイオリンの完成形として君臨して以来、後世の製作家は良い楽器を作る上で彼の影響を受け続けています。世界中の演奏家、コレクターが欲してやまない名器として現在も優れた奏者によってその音色を届けてくれています。大きな意味では「ストラディバリ・モード」が21世紀まで続いているといえるでしょうか。

この連載では、ストラディバリ70年の製作期間を4つの時代に分け、その作風がどのように変遷していったのか、また、イタリア、フランス、イギリス各国における後世の作品へ与えた影響を考察していきます。ストラディバリの遺伝子が織りなすバイオリン文化への、みなさまの理解が少しでも深められたら幸いです。

第1話 〜若き日のストラディバリ〜 へつづく。