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第17話 〜ビヨームの名声(2)〜

それはテルヌ街にあり、ごくありきたりの本館に、馬舎と馬車庫の付いた二階建てで、外門近くには門番の住居が付いていた。庭園は、野菜、果樹、花の灌木が生い繁る程の広さで、一エーカー半もある広大なものだった。

この今もなお、ちょうどチェイルリー宮にあるような何本かの小さな飾り木が残っていて、その木々の間には手入れがゆき届いた花々が房をなしている。館の大窓からは、古風な庭が気持ち良く眺められた。館の角を右に曲がると、また違った種類の花も見られた。

写真:"L’Archet II", Bernard Millant, Jean-François Raffin, 2000, 78 page
"Boîte de mèches interchangeables - Maniere de remplacer les mèches prèparèes"より一部引用





この庭園の一番端に、小さな窓ガラス付いた緑色の小屋があった。ここは、ニス仕上げの出来た楽器、半塗りのもの、手がけたばかりのもの、といったあらゆる種類の弦楽器の保存庫として使われていた。

この緑色の館はビヨーム氏が彼の崇拝者達を木曜日に招いて、教授したり餐応したりするのにも使った。ここで彼等は、ビヨーム氏が仕事着を付けて、片手に楽器、一方で刷毛を持ち、ニス壺を腰掛けの上に置いて立って仕事をする姿を眺める事が出来た。

腰掛けの端には、販売用のニスが入っている何本かのビンが置いてある。彼等が憧憬のまなざしで見守る中で、ビヨーム氏は、そのビンから自分のニス壺へ一ビンずつ入れては楽器に塗ってゆくのだった。これは、ビンの中のニスが、自分の使用しているニスと同一であるという事を示すために行ったのであった。

勿論、このレセプションには、玄人、素人を問わず沢山の製作者たちが来ていて、誰もがこの巨匠の使用するものと同じニスを手に入れたいと望んでいたので、ビンは全部売り切れた。それを買った人々は、喜びに満ちて帰途につくのであった。



私が初めて彼を訪ねたのは、そのレセプションの日であった。他の人々の後について、まっすぐに緑色館へ行った。そこで私は、彼の崇拝者の語る熱狂的な言葉に耳を傾けながら、彼との短い会見の番を待っていたのである。

午後の仕事で、かなり疲れているのではないかと思ったし、誰の紹介状も持ち合わせていなかったので、私は自分の会見は切り詰めようと思い、ただ名刺を差し出しただけであった。

ところが驚いた事に、それを見ると彼は態度を和らげ、ていねいな言葉で「このレセプションが済むまで待っていて下さいませんか」と私に言うのであった。

言われるままに待っていると、「ブラッセルにいる弟が、『彼は、大変な”素人マニア”だよ』と言っていた」と話し出し、彼自身は、”大鑑定家”と私を呼んだ。しかし、私はそうだとも思わなかったし、そういう呼び名に値するものでないということを抗弁しなければならなかった。

ビヨーム氏は、レセプションで使った楽器を自分でも沢山かかえながら、私にも楽器を本館に運んでもらえまいかと頼んできた。我々は、楽器を抱えて、本館の彼の本当の仕上げ室へ運び入れたのであった。

写真:Violin J. B. Vuillaume 1865

本当の仕上げ室は、本館の二階の上にある屋根裏部屋にあって、明かりは、屋根に付いた大きな弓状をした窓からとっていた。彼はやにわに、緑色の館でニスを塗った楽器から、そのニスの一たれも残さずにきれいにぬぐい去った。私は驚いて、「なぜそんな事をするのか」と尋ねた。

彼は私の驚いた顔を見て笑いながら、「私の売ったニスは、良質のニスで、所定の指示通りに塗れば良い楽器となり、商売になるだろう。しかし、ニスを購入した客たちは、よもや私が自分で塗ったニスを捨て去ろうなどとは考えもしないだろう」と言うのであった。

私はビヨーム氏のニスを買った客たちが、このニスを塗った楽器の出来ばえが、楽器作りの腕の差があるのと同様に、ニス塗りにも大差があるのだという事実を感じたに違いないと、ひそかにこの事で確信した。