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~謎の名器(5)~


驚いた事に、バイロー氏はしばらく前に亡くなったというのであった。ガン氏がその事について一度も私に話をしなかったのは、彼が健忘症だったのか、あるいは非常に感受性の強い人だったために過去の事にふれるのが嫌だったのかはわからなかった。

写真:"Violin Laid Flat" by Ernest Meissonier.les violons.Venetian instruments Paintings and Drawings.1995.CaompagnieBernardBaissait.page254より一部引用


バイロー氏は、死の際まで、彼のバイオリンに対する失意から逃がれられなかった。その暮らしは質索ではあったが金銭上の損失といった事ではなく、まさしくその楽器に対して長年抱いてきた信念が、かくも簡単に打ち破られた事に、彼の心は生涯さいなまれていたらしかった。私と出会った後の彼は、再びバイオリンを売るそぶりさえもみせなかった。しかし、その楽器は彼の死後、未亡人の手によって現在の所有者の手に移ったのであった。

私は再び長い時間をかけて、詳細にわたってそのバイオリンを鑑定したのだが、やはり以前と考えは変わらなかった。私は多くの国々を旅行し、あらゆる楽器も見てきたが、これと同じ作者と思われる印象を持った楽器は過去一度もなかった。”作者は誰なのか?"全く当惑するほかなかったのである。

そのバイオリンは、整然と収まったパーフリング、隆起、丸みで、角度も少なく、縁回りの扁平といった特徴からは、ヴェニスのゴフリラ的な点がニ〜三あった。このような特徴からでは、ストラディバリの作でも、ガルネリの作でもないという事を示すにすぎなかった。

f字孔の位置は適切であったが、ゴフリラの形ではなかった。頭部は繊細だったが、f字孔と良くバランスはとれていた。そして、輪郭、表板の隆起はどれをとってもゴフリラよりはるかに優れた出来ばえだった。

写真:ヴェニス風景

再び頭部の点に関して、より慎重に見なおすと、渦巻の深い切り込みの様は、カルロ・ベルゴンツィに似ているのだが、ただ頂点から底部に至る丸みがベルゴンツィとは異質の”つくり”で、さらに一層優雅な出来であった。

ニスはというと、質も優れていてヴェニス派は疑うべくもないのだが、作者の認定というと、問題解決の助けにはならなかった。

写真:VENICE MAP, JACOPO DE BARBARI, Violin and Lute Makers od Venice, Stefano Pio, 2004, page298

私は、このバイオリンの作者を鑑定し得なかった事に対して、この紳士が少しも落胆や悲しみの様子を示さなかったので、ほっと救われる気持ちだった。実際のところ、その結論が当然だと彼自身は思っていたふうだった。

しかし、そのバイオリンの音色は、ストラディバリやガルネリに勝るとも劣らないくらい美しかったので、彼は売る気など毛頭ないと言っていた。そして、私がいつでも再び見たい時や、私の友入に見せてやりたい時は、 訪ねて下されば喜んでお会いしたいとも言ってくれたのだった。

第16話 〜ビヨームの名声(1)〜へつづく。