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~謎の名器(4)~


バイロー氏は

「あなたの信頼するその人が、仮にこのバイオリンがストラディバリウスだと認めたとしても、今の私には何の役にも立たないのですよ。私の気持ちが、仮に収まったとしても、このバイオリンを売るための役には立ちませんよ。必要なのは、あなたの鑑定書であって、他の誰のものでもだめなんですから!」

と言うのだった。

写真:"Study of Three Viiolins" by Arikha.Private Collection, "les violons, Venetian instruments  Paintings and Drawings", 1995. Caompagnie Bernard Baissait.page293
そこでガン氏は、

「そのローリー氏がこれをストラディバリウスだと、公正な目で認めて、その詳細な理由を書函で快く書いてくれるならば我々としても、彼の鑑定に従って、我々の社名によってその言葉を証明するのはやぶさかでありません。このことでは、できるだけの協力は惜しまないつもりでいますから」

と言うのだった。

それは、バイロー氏にとっては、ほんの慰めにしかすぎなかった。しかし、今となっては彼も、その人がもしかすると、違う見解を示して、より有利な証言を出してくれるかもしれないと期待するしかないのだ。バイロー氏は、こうしてその人に会うことを受け入れたのである。ガン氏の態度は、終始一貫、実に尊敬すべきものであった。

話は、第11話の冒頭へ戻るが、私に対して、これから何処へ出かけるのか誰に会って何を見るのかについて、先入観となるべき一切の事柄について話をしなかったのである。ガン氏には、バイロー氏が、このバイオリンにすべての望みをかけていることが察せられたので、せめてもの気遣いからであったのだろう。


ところで、このバイオリンが、人々にストラディバリウスだと言われ続けてきたのには、その経歴に所以がある。あるフランス人が、ストラディバリウスの死後一週間経った時、クレモナ在住のストラディバリウスの息子からその楽器を買い取って、パリの自宅に持ち帰ったというものだ。

その家では、三代にわたって所蔵されていたのだが、三代目のオーナーがバイロー氏の偉大な演奏に心打たれて、賞讃のしるしにそのバイオリンを贈った。所有者も、バイロー氏自身も、その楽器をストラディバリウスだと信じていたし、楽器の経歴からみて、その当時わざわざ専門家に鑑定させる必要性も見当らなかった。息子のバイロー氏も、最良の演奏家こそ、最良の鑑定家だと考えていたので、父の鑑定に間違いがあるとは、つゆほども考えたことはなかったのだった。

写真:19世紀中頃のクレモナ・ストラディバリ広場"nicolas LUPOT Ses contemporains et ses successeurs", JMB Impressions, 2015, page "mid 19th century piazza Stradivari, Cremona"より一部引用 




この事件から数年ほど経ったある日、パリを訪れていた私に、ある紳士から短かい手紙が届いた。「貴方の時間の都合がよい時に、自分のコレクションを鑑定してくれないだろうか」という内容だった。そこで、会う日を決めて私は出かけて行った。彼は、心から出迎え自分の依頼を受け入れてくれたことに礼を述べた。そして、沢山のコレクションの中で貴方に見て欲しいのは、ただ一本だけだと切り出した。

その一本の楽器は、以前に貴方がそれを見て賞讃したという話を人から聞いている。それでもなお、直接お会いして、意見を聞いてみたいのだと言った。

私自身、その頃までには、パリでも名を知られるようになっていて、ずい分沢山の楽器を鑑定してきていたので、即座にどの楽器だったかと、思い浮かばなかった。まさか、こんな所で、バイロー氏の所有していた、あのバイオリンにお目にかかることになろうとは夢にも思わなかった。

私は、再びそのバイオリンを手にとって充分に鑑定できるチャンスに恵まれ、心から感謝をした。初めてこのバイオリンを見たのは、数年も以前のことだったが、この楽器にまつわる悲しい出来ごとの思い出は、折に触れて私の心にに去来し続けていた。私はバイロー氏の近況を尋ねてみた。



第15話 〜謎の名器(5)〜へつづく。