出張日記~イタリア・クレモナ編 その5 ~2011年秋

2011.12.08

1771年からガダニーニは、彼の生涯で最も興味深い時間をトリノにて過ごすことになります。

トリノに移ったガダニーニは、新たなパトロンとなる人物、サラブエ候コジオ伯爵に出会い彼のもとで働くようになります。コジオ伯爵は、歴史上初めての高名なバイオリン・コレクターであり、歴史家でもありました。

この頃、コジオ伯爵はクレモナの巨匠アントニオ・ストラディヴァリの遺品を、息子のパオロ・ストラディヴァリから買い取りました。その中には、ストラドが使用していたバイオリンの型枠や工具も含まれておりました。

この出来事はすでに60歳になっていたガダニーニに、さらなる製作意欲をもたらしました。息子のガエタノ・ガダーニーニの手伝いを受けながら、彼はストラディヴァリの型枠を用いて新たなるモデルの製作に取り組みました。

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出張日記~イタリア・クレモナ編 その4 ~2011年秋

2011.12.05

1759年頃になると、ガダニーニはフェラーリ兄弟の恩恵を得てビッグチャンスをつかみます。それは、パルマ公爵のお抱え楽器製作家として働かないかという依頼でした。

  

 GUADAGNINI, Giovanni Battista 1769 Parma “ex-Merter”

 このころのガダニーニのラベルは、【CSR】という文字を組み合わせたロゴが印刷されるようになりましたが、これはCelsitude Serenisima Realis(His Serene Royal Highness)という公爵を讃える言葉を簡略化したものだといわれております。

一見すると人生の最高潮ともいえる環境ですが、残念なことにパルマ時代の作品は、先のミラノ時代のものと比べると評価が低いです。

ハイ・アーチで、楽器の中心に寄り気味なf字孔は、それまでの魅力的な作風から比べると退廃的・惰性的でさえあり、見劣りする部分は多いです。また材料のグレードも低く、ニスも若干暗く透明感に欠けるものとなってしまいました。

しかしながらガダニーニのパルマ時代は、1765年パトロンであった公爵の死によって終焉を迎えます。

次回はガダニーニの最期の滞在地トリノでの作品について触れたいと思います。

 

 

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出張日記~イタリア・クレモナ編 その3 ~2011年秋

2011.12.03

前回からだいぶ間があいてしまいましたが、引き続きガダニーニ展のリポートです。

1749年に入るとG.B.ガダニーニは、顧客のバイオリン奏者とチェロ奏者だったフェラーリ兄弟を頼ってミラノに移りました。ガダニーニにとって彼らプレーヤーとの交流は、より良い音色と弾きやすさを持った楽器作りのアイデアを与えたとされます。

  

GUADAGNINI, Giovanni Battista 1751-53 Milano “ex-Curci”

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ミュージアム通信「ストラディバリウスの遺伝子」その8

2011.11.30

長きに渡ったミュージアム通信も、いよいよ今回で最終回です。
最後は、ストラディヴァリの死後について触れたいと思います。

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ミュージアム通信「ストラディバリウスの遺伝子」その7

2011.10.31

ミュージアム通信「ストラディバリウスの遺伝子」その1 その2 その3 その4 その5 その6

【円熟期】

1730年、巨匠アントニオ・ストラディバリも83歳になり、いよいよ円熟期を迎えます。
晩年のストラディバリの作品は、黄金期のものにくらべるとやや芸術性に衰えを感じさせる部分があるものの、
音色など機能性では申し分ない実力を持っております。

ストラディバリは生涯で6人の子供をもうけており、
このころは最初の妻との間に生まれたフランチェスコと、オモボノの手が入った作品も多く存在しております。
このころはカルロ・ベルゴンツィが工房を手伝っていたという説や、
近年の研究では2番目の妻との間に生まれたジョバンニ・バティスタ・マルティーノが黄金期から工房を手伝っており、
ストラディバリ作とされている楽器の中には、彼が作ったものがあるのではという説もありさまざまな見解がなされています。

円熟期の代表的な楽器としては、以下のものがあげられます。

 

1733年製 楽器名“Sassoon”(サスーン)

BL(ボディ長):355.5mm UB(上部横幅):167.5mm MB(中部横幅):110mm LB(下部横幅):207mm

 

 

1736年製 楽器名“Muntz”(ムンツ)

BL(ボディ長):353.2mm UB(上部横幅):160mm MB(中部横幅):109.1mm  LB(下部横幅):201mm

 

晩年のストラディヴァリの作品と息子のオモボノの作品を比較すると、いくつか共通する部分がみえてくるかと思います。

Antonio Stradivari Cremona 1735 “Samazeulih(サマズイユ)”

 

Omobono Stradivari Cremona 1732

f字孔の形状、アウトライン、象嵌の入り方や材料の雰囲気など、似ている部分が見受けられます。

 (つづく)

文:窪田 陽平

写真:CHARLES BEARE    “Antinio STRADIVARI The Cremona Exhibition of 1987″
    COZIO PUBLISHING   “Sotheby’s  FOUR CENTURIES OF VIOLIN MAKING″

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ミュージアム通信「ストラディバリウスの遺伝子」その6

2011.10.18

ミュージアム通信「ストラディバリウスの遺伝子」その1 その2 その3 その4 その5

今回は、前回紹介したストラディバリウス黄金時代の、代表的な楽器を紹介します。

◆標準パターン

1703年製 楽器名“Emiliani”(エミリアーニ)

BL(ボディ長):355mm UB(上部横幅):166.5mm MB(中部横幅):109mm LB(下部横幅):206mm

 

 

1703年製 楽器名“Lady Blunt”(レディ・ブラント)

BL(ボディ長):355.5mm UB(上部横幅):167mm MB(中部横幅):109.2mm LB(下部横幅):207.5mm

 

 

◆小型パターン

1707年製 楽器名“La Cathedrale”(カテドラル)

BL(ボディ長):353.3mm UB(上部横幅):168mm MB(中部横幅):109mm LB(下部横幅):207mm

 

 

1716年製 楽器名“de Duranty”(デュランティ)

BL(ボディ長):353mm UB(上部横幅):165mm MB(中部横幅):110mm LB(下部横幅):204mm

 

◆大型パターン

1711年製 楽器名“Parke”(パーク)

BL(ボディ長):358mm UB(上部横幅):167.5mm MB(中部横幅):109.5mm LB(下部横幅):208mm

 

 

1711年製 楽器名“Zahn”(ザーン)

BL(ボディ長):357mm UB(上部横幅):167.5mm MB(中部横幅):109.8mm LB(下部横幅):207.8mm

 

 

この時期のストラディヴァリウスは、特に評価が高く、
ハイフェッツやパールマン、メニューインなど名演奏家たちがこよなく愛した名器が数多く存在します。

 

この時期のストラディバリをモデルにした作品例として以下のものがあげられます。

Vuillaume, Jean Baptiste Paris ca.1857 

   

J.V.ヴィヨームはリュポ、ピクなどと並ぶフランスの三大名職人であり、世界最古のバイオリンディーラーでもありました。

彼がかのパガニーニから弦楽器アドバイザーとして絶大な信頼を受けていたのは有名な話であり、ストラディバリやデル=ジェスといった名人を世に知らしめたのも彼の偉業といって過言はないでしょう。

本作品のモデルとなったストラディバリウス”Ex.Alard”(アラール、アラード)は、ヴィヨーム自身が購入した楽器であり、甥のバイオリニスト、Delphin Alardが所有していたことからこの名がついております。

実際に本物を見ながら作ることができたのと、ヴィヨーム自身も特に思い入れがあったためか、その芸術性は恐ろしく高いものです。 

ヴィヨームの作ったマスターメイド(最高クラス)の楽器は十分な音量と年数による音色の変化を経て、現在ますます評価と需要が高まっております。女性バイオリニストのヒラリー・ハーンさんが使用していることでも有名です。

(つづく)

文:窪田 陽平

写真:CHARLES BEARE    “Antinio STRADIVARI The Cremona Exhibition of 1987″

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出張日記~イタリア・クレモナ編 その2 ~2011年秋

2011.10.17

 今年のモンドムジカではG.B.ガダニーニの生誕300年を記念して特別展示が行われておりました。

ジョバンニ・バティスタ・ガダニーニ(1711-1786)は最初、父のロレンツォにバイオリン製作を習ったとされておりますが、その生涯は未だ謎めいたものがあるメーカーです。
というのも、父ロレンツォ・ガダニーニは農夫出身でバイオリン製作を専門的に学んではいないという説、そもそもロレンツォ・ガダニーニという人物が存在しておらず、初期のG.B.ガダニーニが製作していたという説など諸説さまざまで、近年さらに研究が進められております。G.B.ガダニーニの作った楽器は、オールド・イタリアンの伝統的な工法によって作られているからです。
その音色、作りの芸術性は当時から一目置かれていたようで、プレーヤーや貴族を顧客に抱えておりました。

また、彼は自分の顧客でもありパトロンでもあった貴族などの影響を受けて、製作拠点を変えるたびに作風が変化していきました。

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ミュージアム通信「ストラディバリウスの遺伝子」その5

2011.10.04

ミュージアム通信「ストラディバリウスの遺伝子」その1 その2 その3 その4

【黄金時代】ストラディバリウスの肖像画

1700年代には、もうアマティの弟子としてではなくストラディヴァリ自身の評価が認められ、楽器の注文も多くなっておりました。
この時代に作られた楽器はまさに傑作であり
現在も世界最高のバイオリンとして不動の地位を占めています。

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ミュージアム通信「ストラディバリウスの遺伝子」その4

2011.09.20

ミュージアム通信「ストラディバリウスの遺伝子」その1 その2 その3

【ロングパターン時代】

~S.SACCONI "THE SECRET OF STRADIVARI

~S.SACCONI "THE SECRET OF STRADIVARI

1690年に入ると、ストラディヴァリに大きな転機が訪れます。
それまでのアマティスタイルでは見出せなかった、より大きな音量を実現しようと独自のパターンを用いた製作を行います。
ボディの長さを伸ばし、アーチをフラットにすることでパワフルなサウンドを生み出す楽器を生み出しました。
これらは一般的にロングパターンと呼ばれています。
全長を長くした分、全体の容積のバランスを取るために横幅がせまくなっているのも特徴です。
すらりとしたアウトラインは女性的であるともいわれ、
非常にエレガントな風貌です。

この時代の代表作は以下の楽器です。

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ミュージアム通信「ストラディバリウスの遺伝子」その3

2011.09.09

 ミュージアム通信「ストラディバリウスの遺伝子」 その1 その2 

 

生涯における各時代ごとに、ストラディヴァリは明確な意図をもって楽器製作の型を使い分けておりました。
その根底にはつねに、「究極のバイオリンとは何か」という命題へのあくなき探究心があったといえるでしょう。

このコラムでは数回に分けて、アントニオ・ストラディヴァリの作風の変遷とその成果に迫りたいと思います。

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