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楽器・弓の辞典

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Jean Baptiste Vuillaume

Violin Maker  1798-1875
ParisFrance

ジャン・バティスタ・ヴィヨームは19世紀のバイオリン業界に於いて、最も影響力のある人物であった。多作なバイオリン製作家であり、新しい楽器を創造しようとした発明家であり、優秀な鑑定家であり、偉大なディーラーでもあった。こうした活動を通じて、彼はパリをバイオリン取引の中心として築き上げ、それは彼の死後まで続いた。
 
ヴィヨームは1818年にパリへ移り、フランソワ・シャノーの下で製作を学んだ後、1827年にパリ1区のクロワ・デ・プティ・シャン通り(rue des Petit Champs)に自身の工房を構え、1858年にはテルヌのドゥモ通り(rue Demours)に工房を移した。彼の工房ではオーディノ、モコテル、シルベスタ、デラゼーなどの優れた楽器職人や、ペカット兄弟、ペルソワ、シモン、ヴォアランらの弓職人が活躍した。
 
ヴィヨームの初期の楽器は多くがリュポのモデルを採用していたが、程なくして特にストラディバリやガルネリ・デル・ジェス、時にはマジーニやアマティなどのコピーを製作するようになった。1838年にはパガニーニに出会い、多くのデル・ジェス「カノン」のコピーを、1855年にはルイージ・タリシオより手に入れたストラディバリ「メシア」のコピーを製作した。
 
ヴィヨームは優れた技術をもって多くのコピー楽器を製作したが、オリジナルの楽器と見紛うほどではなく、独特のスタイルが確立されている。半世紀に渡る製作期間の中で、彼の工房では3,000本以上の楽器が製作されたが、そのほとんどにラベル、焼き印、番号、サインが系統立てて加えられており、ヴィヨーム工房の作品と特定するのは比較的容易である。