■月曜・祝日定休
Closed on Mondays
& national holidays

10:30~19:00

112-0002 東京都文京区小石川2-2-13 1F
1F 2-2-13 Koishikawa, Bunkyo-ku,
Tokyo 112-0002 JAPAN

後楽園駅
丸の内線【4b出口】 南北線【8番出口】
KORAKUEN Station (M22, N11)
春日駅 三田線・大江戸線【6番出口】
KASUGA Station (E07)

楽器・弓の辞典

SEARCH

半角英数字のみ/空欄可

Nicolas Maline

Bow Maker  1822-1877
Paris, MirecourtSeveral

ニコラ・マリーンはミレクールのバイオリン・弓製作一家に生まれ、父親のギヨームから製作を学んだとされており、同地のパジョーの下で働いていたとも考えられている。1840年にはパリのJ.B.ヴィヨームの下で働き始めるが、パリに拠点を構えることはなかった。彼は、細いシャンファーを持つ幅広のヘッド、強調された縁取り、大き目のフロッグを特徴とする、力強いぺカット・スタイルを基にしたモデルを開発した。一方、丸みを帯びたフロッグを持つ特徴的なモデルを開発すると直ぐに、ヴィヨームが彼にそのフロッグを採用して製作してほしいと依頼したという。それは非常に精巧で、やや長めのフェルールに見らえるようにマリーンの個人的な表現も見て取れる。
 
マリーンがヴィヨームの下を離れた時期は明確ではないが、1849年の兵役にてレジオンドヌール勲章を得た後、彼は独立性を強め、自身のモデルをさらに精錬させていった。この時期の作品には、レジオンドール勲章の十字架デザインの装飾がしばしば見られる。1855年以降は、アシスタントを雇用したために製作数が大幅に増加した。その材料は、ニッケル・銀とスネークウッド・アイアンウッドの組み合わせから、金・銀、さらにはべっ甲とフェルナンブーコの組み合わせまで様々であった。
 
1870年頃より、彼の息子であるニコラ・オーグスト・ユジェネがアシスタントとして工房に入った。この頃の作品は、恐らく戦時中で厳しい時期であったために、大きくその品質を落とした。
 
概して彼の弓は良質なものが多く、稀に非常に高品質なものを含み、現代に於いても需要は高く、優れたソリストから高い評価を得ている。